CONCEPT

再び出会うために 描き続ける

【大切な人に、もう一度会いたい】
2016年秋。妻が乳がんでこの世を去った。小さな娘と二人で歩み始めたささやかな日々の出来事を作品という形で届けたい。
1994年冬。 当時24歳だった妹が悪性脳腫瘍で他界した。仲の良かった妹との別れが私の制作の原点だ。発病から入院、告知、再発、在宅介護、そして死。 確かに存在していたはずの大切な「何か」が、目の前から消えてしまった驚きと悲しみ。 そして、再び会いたくても、決して叶わない現実。 私はこれらの体験から生じた葛藤を、まるで日記のようにかたちにしてきた。
作品の多くは、床に塩で描いた「細く複雑な迷路」や「泡のような塩の輪を編み上げた渦巻模様」。共通するのは大切な人への強い。もう一度、大切な人に会いたい、思い出に触れたいという強い願望だ。多くの大切な記憶も時と共に薄れてゆくが、私は決して忘れたくない。大切な人との思い出を忘れないための行為。それが私の制作だ。

【迷宮】 – 必然と偶然
塩で路を描くこと。それは私自身の記憶をたどる旅のようなものです。
多くの大切な記憶は時と共に変化し、そして薄れて行きますが、私は写真や文章では決して残すことができない記憶の核心にもう一度触れてみたいのです。しかし、塩の路が核心に到達しているかどうかは、全てを描き終わるまで私自身にもわかりません。なぜなら、それは描く途中で意図しない方向に曲がり、時に途切れてしまうからです。塩の路は私自身の心の動きや体調だけでなく、床のくぼみや湿度にも左右されながらかたち作られています。
必然と偶然が絡まり合った塩の路。私は作品が完成した後でそれを静かにたどることにしています。

【たゆたう庭】 - 想い出のレース 
たゆたう庭は、記憶の引き出しに入れられたまま忘れ去られようとしている思い出を、時間を掛けながら探し出し、それらをつないで編み上げる行為と言えます。大きさの異なる塩のセル(泡のようにも見える塩の線で描かれた不定形)をつなぎ合わせ、渦巻状に展開する作品です。
《渦巻きと迷宮》 – 再生・永遠のシンボル
渦巻文様は、主に東アジア地域で生と死、そして強い生命力を示すよみがえりや再生、永遠を意味するシンボルとして用いられてきたもので、例えば縄文土器や弥生時代に製作された銅鐸に描かれたものがこれに該当します。ちなみに、迷宮は西洋におけるほぼ同義のシンボルです。

【塩】 - 生命の記憶
塩を使い始めたきっかけは、大切な人の死後、葬儀をテーマにした作品を制作しようとした際に、お清め意味で広く用いられている塩を選んだことです。身近な死を受け入れるために、死が社会の中でどのように扱われているのかを制作を通じて体感しようと思ったことや、わずかな透明感を持つ独特な白さにも興味を持ちました。実際、塩は無色透明な立方体ですが光が乱反射することで白く見えますし、少し湿気を帯びた時にはしっとりとした色味に変化します。また、作品の一部となっている塩もかつては私たちの命を支えていたかもしれない。そんな思いを抱くようになったから頃から、塩には生命の記憶が内包されているのではないかと感じています。

”海に還るプロジェクト” 塩はまた海を巡る

このプロジェクトは作品で使用した塩を皆さんの手をお借りして「海に還す」というものです。企画に賛同し、覧会最終日に集まって下さった方々の手で作品を壊して頂きます。その後、海辺に向かって塩を還したり、各自持ち帰り自由に海に還す場合など様式は様々です。2006年からこれまでに国内外十数カ国、数千人の方々に参加して頂き、皆さまから送って下さった写真も数百枚になりました。

「この塩を海に還してください。近くの海、通り掛かりの堤防や旅行で訪れるビーチでも構いません。作品としての形は消えてしまいます。しかし、この塩が海をめぐり、さまざまな生き物の命を支えてくれることでしょう。もしかしたら私たちが再び口にする機会が訪れるかもしれません。もちろん作品の素材として再会できれば、最高の喜びです。」

PAGE TOP