【私の制作】

 1994年冬。 当時24歳だった妹が脳腫瘍で他界したことが、私の制作の原点です。

 発病から入院、告知、再発、在宅介護、そして死。 確かに存在していたはずの大切な「何か」が、目の前から消えてしまった驚きと悲しみ。 そして、再び会いたくても、決して叶わない現実。 私はこれらの体験から生じた葛藤を、まるで日記のようにかたちにしてきました。
 私の作品の多くは、塩でかたち作られた「細く複雑な迷路」「途切れて登ることができない階段」、そして「狭くて入ることができないトンネル」です。これらに共通するのは、「届きそうで、届かない」、「見えそうで、見えない」。そんな感覚でしょうか。
 多くの大切な記憶は、時と共に変化し、そして薄れていきます。しかし、写真や文章では残すことができない記憶の核心を、私はもう一度見てみたい。そして、感じてみたいのです。

 
 
   
  【塩との出会い】

【塩】塩化ナトリウムを主成分とする、しおからい味のある白色の結晶。食用・工業用に使用する。(広辞苑第4版)

 このように定義される塩ですが、これ以外にも大切な役割を持ち、時代や地域を越えて人々の生活に深く結び付いてきました。 特に日本では、死の慣習に欠かせない物質です。
 妹の死後、私がその現実を受け入れるために行ったこと、それは、社会の中で死がどのように扱われているかを、作品を通して体感することでした。お経、脳死や終末期医療などをテーマにし、素材も各テーマ毎に関連深いものを取り入れたのです。そして、葬儀に興味を持ったときに私が選んだ素材。それが塩でした。
 塩を素材として使い始めた当初、私は塩が日本で葬儀に用いられていることや、わずかな透明感を持つその白さに興味を持っていました。 (実際、塩は無色透明な立方体で、光が乱反射することで白く見えます)しかし、今ここで作品の一部となっている塩も、かつては、私たちの命を支えていたかもしれない。そんな思いを抱くようになったから頃から、塩には「生命の記憶」が内包されているのではないか、と感じるようになったのです。
 塩を作品に使い始めて10年が過ぎましたが、私は今も特別な想いを寄せているのです。


 
   
 
 
   
  【必然と偶然】 −迷宮によせて−

 塩で迷路を描くこと。これは私自身の記憶をたどる旅のようなものです。
 多くの大切な記憶は、時と共に変化し、そして薄れていきます。しかし私は、写真や文章では決して残すことができない記憶の核心を、もう一度感じたいのです。迷路の行き着く先に私が求めているのは、そのようなものかも知れません。
 しかし、塩の迷路が核心に到達しているかどうかは、全てを描き終わるまで、私自身にもわかりません。なぜなら、それは描く途中で意図しない方向に曲がり、時に途切れてしまうからです。迷路は、私自身の心の動きや体調だけでなく、床のくぼみや湿度にも左右されながらかたち作られているのです。
 必然と偶然が絡まり合った塩の迷路。私は、作品が完成した後、それを静かにたどることにしています。


 
   
 
 
   
  【枯れ枝によせる想い】 -封じ込められた植物たち-

 とても大切なものを失った時に感じる悲しみや、もう二度と話せないと知ったときの絶望。 死という出来事は、私に大きなダメージを与えますが、残された記憶からは、それ以上の力を得ることができるのです。
 私は、浮草のように漂う記憶との距離を確かめるために、これらの制作を続けています。 日々の散歩などで拾った枯れ枝は、かつての生命活動の証といえますが、それらは制作の過程で、蝋や樹脂に封じ込められます。
 作品の完成はすなわち死であり、おぼろげな輪郭を帯びて浮かび上がるそれらの植物に、私は二度と触れることができないのです。